倦怠期の妻と隣のご主人
——ある夏の越境
——ある夏の越境
結婚七年目の夏。夫のことは好きだけれど、もう何ヶ月も、互いに触れ合っていなかった。倦怠期、という言葉がいつの間にか自分のものになっていた頃、隣の部屋に一人の既婚男性が越してきた。これは、そこから始まった記録。
倦怠期という名の凪
倦怠期、という言葉をいつ自分のこととして受け入れたのか、もう覚えていない。
結婚七年目の夏。夫のことは好きだ。今でも、それは本当だと思う。真面目で、浮気もしない。ただ、いつの頃からか、私たちはリビングのソファに並んでいながら、互いの体温を感じていなかった。
毎日のルーティンはほぼ同じだった。夫は六時半に起きてシャワーを浴び、朝食を食べ、仕事に出る。私は九時頃起きて、洗濯をして、リモートで仕事をして、夕方に夫が帰る前に夕食の支度をする。夫が帰る。「おかえり」「ただいま」。食事をする。テレビをつける。それぞれのスマートフォンを見る。「おやすみ」。寝る。
お互いを憎んでいるわけじゃない。傷つけようとしているわけでもない。ただ、そこに「温度」がなかった。倦怠期とはこういうことか、と私は漠然と思っていた——それも、特に強い感情もなく、ただ漠然と。
引っ越してきた隣のご主人
川上さん夫婦が隣の部屋に越してきたのは、八月の末だった。
引越しトラックが廊下を占領していた日、私はたまたまゴミ出しのタイミングでドアを開けた。作業の指示を出していた彼と、エントランスで目が合った。
四十代の前半だろうか。体格のいい、穏やかな顔立ちの男性だった。少し日焼けしていて、Tシャツ姿で廊下の端に立っていた。
「ご迷惑をおかけします」と彼は軽く頭を下げた。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
それだけの、ありふれた会話だった。でも私はそのとき、何かを感じた。うまく言葉にならない、小さな揺れのようなもの。倦怠期の最中にいる人間にとって、「ちゃんと目を合わせてもらえること」は、それだけで少し特別なことだった。
後で知ったのだが、奥さんは大学病院に勤める看護師で、夜勤が月に十日以上あると言っていた。川上さんは建築事務所でフリーランスとして働いていて、家にいることの方が多かった。
隣のご主人、という存在が、私の日常に静かに加わった。
コーヒーを分け合う夏
関係が少しずつ変わったのは、九月に入ってからだった。
ある午後、廊下でゴミ出しのタイミングが重なった。「暑いですね」から始まった会話が、気づいたら三十分続いていた。川上さんは設計の話をした。私はリモートワークの孤独さについて話した。そういう話を、夫としたことはここ最近なかった。
「奥さんは今日も夜勤ですか」と、私は聞いた。
「そうなんです。一人だと夕食作るのが億劫で」と彼は笑った。
「うちも似たようなものです。夫と二人なのに、なんとなく億劫で」
川上さんは少しだけ真顔になった。そして、「分かります」とだけ言った。その言葉の重さが、妙に胸に残った。倦怠期にある人間には、「分かる」という二文字がときに深く刺さる。
翌日、私は隣のドアをノックして、コーヒーを持って行った。嫌がられるかもしれない、と思いながら。川上さんはにっこり笑って、「助かります」と言った。
それから、週に二、三度、廊下やエントランスで少し話すようになった。特別なことは何もなかった。ただ、川上さんと話す時間が、私の一日の中で、一番「呼吸できる」瞬間になっていた。
倦怠期の妻が、隣のご主人とそういう関係になったのは、ある秋の夜のことだった。
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