木曜日のひと
——誰にも言えない婚外恋愛の記録
月曜日は仕事の始まり。金曜日は解放の予感。では、木曜日は——。二年半、私の木曜日は秘密でできていた。夫のいる生活の中で、誰にも言えない恋をした。その記録を、初めて書く。
木曜日という特別な曜日
月曜日は仕事の始まり。火曜日は少し慣れてくる。水曜日でようやく折り返し。金曜日は解放の予感。土日は夫との時間。
では、木曜日は。
木曜日は、誰にも言えない一日だった。
かれこれ二年半、私の木曜日は秘密でできていた。会社帰りに一本だけ電車を乗り過ごし、隣町の小さなバーに寄る習慣があると夫には話してある。実際、最初の三ヶ月はそうだった。けれどある木曜日から、私のその一時間は全く別の意味を持つようになった。
彼に会うために、私は木曜日を生きていた。
これは、誰にも話せなかった恋の記録だ。
出会いは偶然じゃなかったかもしれない
三年前の初秋。職場の異動で、私は広報部から新設のマーケティング推進室へ移ることになった。夫との関係は安定していた——安定、という言葉が少し冷たく聞こえるほど、凪のような日々だった。
田中誠司と初めて顔を合わせたのは、移動初日の朝礼だった。同じ推進室に配属された外部コンサルタント。名刺には「戦略コンサルティング シニアマネージャー」と書いてあった。四十二歳、と後で聞いた。私より六つ上。
第一印象は、正直なところ、それほど特別ではなかった。長身で少し痩せていて、眼鏡の奥の目が静かに見えた。声は低く、早口でも遅口でもない。ただ、話しているとき、相手をきちんと見る人だなと思った。
「よろしくお願いします、霧島さん」
名前で呼ばれた。苗字で呼ばれるのは当然なのに、なぜかそのとき少し体が固まった気がした。
最初の二ヶ月は、ただの仕事仲間だった。週に二、三度顔を合わせ、資料を共有し、時々ランチを一緒にした。田中さんは仕事が速くて、無駄な確認をしない人だった。私が何かを判断するとき、横からすぐ意見を言うのではなく、ちゃんと待ってくれた。
十月の終わり、残業が続いていた時期のことだ。
「霧島さん、少し顔色が悪いですよ」と、彼は言った。フロアにほとんど人がいない時間だった。
「そうですか」
「無理してませんか」
その一言が、ひどく刺さった。無理してないですよ、と言おうとしたのに、声が出なかった。疲れていたのかもしれない。あるいは、しばらく誰にもそんな目で見られていなかっただけかもしれない。
「少し休憩しましょう。僕、コーヒー買ってきます」
それだけのことだった。それだけのことなのに、そのあとしばらく、私は自分の胸のあたりが妙に落ち着かないのを感じていた。
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第四章〜第十章「二年半の全記録」| エピローグ