夫が見ていた
——NTRを妻の側から書き直す
夫のスマートフォンに、知らない女の肩が壁紙にあった。問い詰めない。証拠を集めない。ただ、観察する——。加害者でも被害者でもなく、一人の女として夫の「NTR」を見続けた妻の記録。官能小説のジャンルを、妻の視点から書き直した問題作。
夫のスマートフォン
夫のスマートフォンを、誤って開けたのは火曜日の夜のことだった。
充電ケーブルを差し込もうとして、指が滑った。画面が点灯した。ロック画面のままのはずが、なぜか壁紙が変わっていた。それは私が知らない写真だった。
夫の背中。窓越しの光。そして、私ではない女の肩。
壁紙にするくらいだから、見られても構わないと思っていたのだろうか。それとも、私が触れるとは思っていなかったのか。いずれにせよ、それは始まりではなかった。終わりの、入り口だった。
私の名前は霧島夜子、三十四歳。夫の沢村拓哉と結婚して七年になる。子供はいない。お互いに望んだわけでも、避けたわけでもない。気づいたらそういう夫婦になっていた。
夫は建築事務所に勤めている。私はフリーランスのWebデザイナーだ。生活は安定していた。喧嘩は少なく、会話はそこそこあった。夫婦としての形は、保たれていたと思う。
思っていた。あの火曜日の夜までは。
発見
最初の一週間、私は何もしなかった。
問い詰めるつもりはなかった。証拠を集めるつもりも。ただ、その写真の意味を、私は一人で消化しようとしていた。あるいは、消化できないまま、飲み込もうとしていた。
夫は何も知らなかった。変わらず仕事に出て、夕食を食べ、テレビを見て眠った。私も変わらず朝食を作り、デスクワークをし、夫の帰りを待った。表面だけを見れば、あの夜は何も起きていなかったに等しかった。
でも私の中では、何かが動き始めていた。
「最近、仕事忙しいの?」
ある夜、食後のコーヒーを淹れながら、さりげなく聞いた。
「まあまあかな。来月に竣工式があるから、その準備で」
夫はスマートフォンを見ながら答えた。視線は画面から離れない。私はその横顔を見つめた。七年間、何百回と見てきた顔。知り尽くしていると思っていた顔が、あの夜から少しだけ違って見えた。
嘘をついているのか、いないのか。わからない。
わからないということが、かえって苦しかった。
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第四章「夫の変化」| 第五章「Mとの邂逅」|
第六〜十二章 + エピローグ「それでも夫婦だということ」